なるほどTheBible2025/09/24
列王記第一18章19節
今、人を遣わして、カルメル山の私のところに、全イスラエル、ならびにイゼベルの食卓に着く、四百五十人のバアルの預言者と四百人のアシェラの預言者を集めなさい。
- アハブとイゼベルが、「カルメル山にバアルとアシェルの祭司850人を呼び出せ」というエリヤの提案をあっさりと受け入れたのはなぜですか?
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A: 結論から言えば、850人の祭司を処刑する口実です。
とても奇妙と思いませんか?「今、人を遣わして、カルメル山の私のところに、全イスラエル、ならびにイゼベルの食卓に着く、四百五十人のバアルの預言者と四百人のアシェラの預言者を集めなさい。(19)」のエリヤの提案に、アハブは何の口答えもせず承諾してしまうことです。バアルの預言者450人、アシェラの預言者400人は、イゼベルが任命した配下の祭司ほぼ全員です。この祭司たちは各地にあるバアル神殿の神官も含まれているはずです。この850人を都から70kmも離れた場所また全国から招集するのは様々な意味でリスクがあります。旅の諸経費と彼らへの報償です。さらに問題なのは都に宮廷の近衛兵は国王アハブの警護をするためカルメル山に派遣されr訳ですから、都の警備は手薄になるはずです。都が丸裸にされるのです。危険を感じなかったのでしょうか。ところが、このリスクを冒してまでもカルメル山でエリヤと対決する大きな意味があったのです。ここにイゼベルとアハブの策略があることに気付きませんか?イゼベルお抱えの祭司はこの3年半も継続する干ばつの責任を問われていません。雨乞いも何度もしたことでしょう。でも全く効果がなかったのです。祭司たちは彼らの信奉するバアルやアシュラが意図して干ばつを起こしていると3年半も言い訳を続けてきたのです。それにしても3年半は長すぎるのです。のらりくらりとお勤めをしている不甲斐ない「特権階級の祭司たち」を見て、国民は黙っているわけがないのです。「国民の不穏な動きを察して、干ばつに対する責任に決着をつけるために、敢えてエリヤの挑発にのった。」とは言えないでしょうか。そこでカルメル山で、お抱え祭司たちとエリヤを対決させ、どちらにも何の進展がなければ、双方をその場で処刑して干ばつの責任を負わせればいいのです。850人の祭司の生活保障費は莫大なものがあります。祭司たちを処刑してしまえば、国民の不満のガス抜きとなり、莫大な費用を即時に削減できるのです。つまり、「カルメル山の対決は役立たずの祭司どもの処分のためのイベント」にもなるのです。イゼベルにとってバアルとアシュラの祭司たちは使い捨ての消耗品です。彼らに対する敬意など微塵もないのです。
最後になりますが、エリヤがこの戦いに勝った時、エリヤの命を受け850人の祭司を処刑したのはいったい誰ですか?アハブはその処刑を黙認したのはなぜですか?アハブ王が同席しているということは近衛兵がその場に居合わせているはずです。考えられるのは国王自ら彼らの処刑を近衛兵に命じたとは言えないでしょうか?
▼下の画像を見ると、人々が遠巻きバにアルの祭司を眺めているように見えますが、これらも祭司のはずです。この後ろにはアハブ王の近衛兵が待機しています。

