列王記第二 1章-1

聖書箇所&主な内容

列王記第二1章-1(1-8節)
❶アハズヤの重篤な病気とエリヤの警告

ポイント聖句

2 さて、アハズヤはサマリヤにある彼の屋上の部屋の欄干から落ちて病気になった。彼は使者たちを遣わし、「行って、エクロンの神、バアル・ゼブブに、私のこの病気が直るかどうか、伺いを立てなさい」と命じた。

黙想の記録

❶1-8節:アハズヤの重篤な病気とエリヤの警告・・・かつてイスラエルの士師記3章12-14節で支配していたモアブ人は、ダビデによって服従させられ、極めて厳しく扱われました(Ⅱサムエル8:2、11-12)。アハブの時代モアブ人はイスラエル王国に従属していました。1869年に発見されたモアブ人記念碑は、彼らがその後独立を取り戻したと考える根拠が記載されています(Ⅱ列王記3:5)。オムリとその息子アハブは約40年間彼らを抑圧していましたが、アハブの死は反乱のきっかけとなり、アハズヤ王の病気の為、容易に独立を取り戻したとされています。
アハズヤは、父の存命中に王位を継承しています。ところが、彼の在位期間はBC853年から852年までのわずか2年間(Ⅱ列王記 22:51)で父アハブの在位期間と被っています。つまり、父アハブの母イゼベルの悪しき助言を実に忠実に実行した傀儡に過ぎなかったと言えるのです。また、歴史に介入されてこられた主なる神の存在について、アハズヤは間接的また直接的な経験から認識しているはずです。しかし、アハズヤは父母の道に倣って、主なる神の教えと導きを一切無視し、偶像礼拝の政治利用を踏襲しているのです。
主なる神は、新王に二つの試練をもって臨み、アハズヤが悔い改めるかを試されました。最初の試練はモアブ(現在のヨルダン)の反乱です。イスラエルとユダの分裂、戦争、背教によって王国が弱体化しているのに付け込んだものです。二つ目の試練は紀元前852年、「サマリアにある自分の家の屋上にいたが、つまずいて手すりから落ちてしまい重傷を負った(ERV訳)」ことです。 ERV訳で屋上とありますがヘブル語ではアリヤー[屋根部屋]で、ヨセフスは下に降りていく際に、そこに貼り付けられた格子窓によりかかったところ、格子窓が外れてそこから転落した可能性を示唆しています。本来国王のいる場所には全て侍従や護衛兵がいたはずです。恐らく屋根部屋に一人で行かなければならない理由があったのでしょう。ダビデ同様そこは「外部の世界を覗き見る空間」だったのかもしれません。古代バビロニアの習慣では蠅の動きを観察することで未来を占うことがあったことから、「行って、エクロンの神、バアル・ゼブブに、私のこの病気が直るかどうか、伺いを立てなさい」と命じた可能性があります。エクロンは、神の箱が通過した際に、他の都市同様地域住民に奇病をもたらされた場所でもあります。「神の箱の到着→奇病の蔓延→神の箱の発送→奇病が収まる」の一連の流れだけで、「奇病に対応する神々」となってしまうのは滑稽な信仰心ですが、現在でも同様なことが行われているとは思いませんか。重要なポイントは、アハズヤが古い宗教(主なる神)への最後の敬意を捨て去っただけでなく、意図的に神の声を封殺してしまったことです。
アハズヤが使いを送ったのと同時期にエリヤは、御使いから主なる神の託宣を受けます。「3-4節,アハズヤ王がサマリヤから使者を送った。その使者と会い、こう尋ねるのだ・・・『神はイスラエルにいる。だが、なぜ、エクロンに仕えるバアル・ゼブブへと聞きに行く? その行いによって、神ヤハウェはこうお決めになった!・・・お前はベッドから起き上がることもできずに死ぬこととなる!』と・・・(ESV訳)」この託宣を受けた時エリヤはカルメル山に設置された預言者学校に居たものと思われます。カルメル山はサマリアから直線距離にして70km以上の場所にありしかも途中いくつかの山越えをしなければなりません。重篤な病状にあるので、ことは緊急です。アハズヤに悔い改めを迫る好機です。エリヤは山を下り使いは山を上っているのです。サマリヤからエクロンまで直線距離で80km。アハズヤの使いが主要幹線を使ったとすれば、かなり遠回りをしたはずなので、ラクダ等の乗り物を使ったとしても往復4日以上かかると予想できます。一方エリヤはカルメル山からエクロンまで直線距離で100km以上。アハズヤの使いと出合うためには、使いがサマリヤを出立する前に、カルメル山を出立しなければ、途中で出会うはずがないのです。ここで素朴な疑問が出てきます。使いはエクロンまで赴きバアル・ゼブブの託宣を伺ってくるのが本務なのに、エリヤに出会った途端に踵を返してアハズヤの元にUターンするのです。これでは任務放棄ではないでしょうか。アハズヤが送った使いは、単独で行くはずがなく複数で、また軟弱な人間ではなく屈強な戦士かまたは盗賊にあってもそれをなぎ倒すことのできる人間達のはすです。ならば余計に任務放棄などありえません。3-4節の主なる神からの託宣と6節のアハズヤからの使いが彼に伝えた言葉比較すると、全く同一のもので、付け足しも省略もありません。最後の「あなたは上った寝台から降りることはない。あなたは必ず死ぬ。」の言葉をアハズヤに伝える時、使いは震え上がったりしなかったのでしょうか。これは全くの推測ですが、この使いは主なる神を恐れる人で、また預言者エリヤをよく知る人物、そしてアハズヤの愚行を戒めることさえ厭わなかった人物とは言えないでしょうか。こう考えるとエリヤの言葉を一字一句間違えずに伝えたことも納得できるのです。この使いが放った言葉は「アハズヤ王の身に起こった不幸の原因は、王自身がイスラエルの神を無視し蔑ろにしていることにある」との諫言に聞こえてくるのです。そうしてみると、6-8節の使いとアハズヤの会話にはアハズヤに詰め寄っていく使いの命懸けの様子が伺えるのです。使いはわざとエリヤの正体を明かさなかったのも、アハズヤに真の預言者を思い出させるためだったのではないでしょうか。

「毛衣を着て、腰に皮帯を締めた人」の外見は「野蛮人」そのもので、蔑まされることはあっても、誰が羨望の目をもって見つめることなどありましょうか。ところが、その男こそカルメル山でバアルの預言者400人と対決した預言者だったのです。エリヤはカルメル山の大活躍以降まったく表舞台に立ってはいません(実は預言者学校の復興に尽力してました)。しかし、主なる神様は、エリヤを再び用いられましたが、それは、「アハズヤへの諫言」です。いでたちといい、主なる神様の利用用途といい、とてもカッコイイものではなかったのです。でもこれこそが主なる神様の「祝用」のされかただったとは思えませんか?

注目語句

語句①バアル・ゼブブ(2):英語Baal-zebub,;ヘブル語バェアール・ゼブブ・・・「蠅の王」と言う言葉から察するに当時蠅が並外れた害虫であり疫病をもたらす存在であったことを想起させる。古代バビロニアの習慣では蠅の動きを観察することで未来を占うことがあった。
語句②主の使い(3):英語the angel of the LORD;ヘブル語メルアッ・イェホバ[伝令(天使)・主なる神]

注目人物

注目地名

地名①エクロン(2):英語Ekron,;ヘブル語エクローン・・・五つのペリシテの都市の中で最も北に位置し、サマリアに最も近い場所。サマリヤから南南西で直線距離で980km。交易路を使ったらかなり遠回りしなければならない。

注目聖句

2 さて、アハズヤはサマリヤにある彼の屋上の部屋の欄干から落ちて病気になった。(新改訳2017版)
2,And Ahaziah fell down through a lattice in his upper chamber that was in Samaria, and was sick:・・・.(KJV)【直訳】アハズアはサマリヤの上の部屋の格子から倒れ、病気になった。
One day Israel’s new king, Ahaziah, fell through the latticework of an upper room at his palace in Samaria and was seriously injured. ・・・(NLT)【直訳】ある日、イスラエルの新しい王アハジアがサマリアの宮殿の上の部屋の格子を突き破って倒れ、重傷を負いました。

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