老預言者の謎の行動

なるほどTheBible2025/08/20
=老預言者の謎の行動=
Q:北王国の老預言者はなぜ嘘をついたのですか
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[参考聖書箇所]Ⅰ列王記13:11
一人の年老いた預言者がベテルに住んでいた。その息子たちが来て、その日、ベテルで神の人がしたことを残らず彼に話した。また、彼らは、この人が王に告げたことばも父に話した。
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A:結論から言うと老預言者の嫉妬心からです。

この老預言者の企みの根源は何だったのでしょうか。端的に言えば『「ベテルの祭壇が破壊される」という預言を無効にする』ことにあります。では老預言者の企みの動機は何でしょうか。これも端的に言わせて頂けば「自分の威信を傷つけられたことによる嫉み(そねみ)」と言えるでしょう。――「そねみ」とは自分と他人を比べ、他人の優れた部分を羨み、憎く思うこと。 似たような意味の「妬み」が、相手に対しての憎しみが強いのに対し、相手が優れていることに対して劣等感を抱くという意味合いが強い。――「一人の年老いた預言者がベテルに住んでいた。その息子たちが来て、その日、ベテルで神の人がしたことを残らず彼に話した。また、彼らは、この人が王に告げたことばも父に話した。(15)」と「私もあなたと同じく預言者です。(18)」がその鍵になりそうです。第一に、「家庭を持つ預言者でしかもベテルに定住してきた」のです。つまりヤロブアム体制を認め、ヤロブアムの側についていることは明らかです。もし「偶像礼拝は主なる神の御意志に反する」とでもヤロブアムに換言すれば即刻死罪となり一家はベテルに存在しなくなるはずです。第二に預言者としての威信を傷つけられたことによるのでしょう。「私もあなたと同じく預言者です。(18)」と公言しているのなら、いったい何を預言してきたのでしょう。また、この若き預言者が突如現れヤロブアムを困惑させた際、ヤロブアムはなぜこの老預言者を招聘しアドバイスを受けなかったのでしょう。さらにヤロブアムの振り上げた手がしなびてしまった時、どうしてこの老預言者に頼らなかったのでしょう。推測にすぎませんが、ベテルに祭壇を築く際にはヤロブアムに重用されたいたかもしれませんが、月日が経ちこの老預言者は「無用の人」「忘れ去られて人」になっていたのでしょう。主の働き人が老いてくるほどに鎌首を持ち上げてくる欲求が「承認欲求」なのです。よくあることですが、息子たちには何かの折に何度も何度も「過去の栄光」を語っていたことでしょう。しかし、息子たちはそれに辟易としていたかもしれません。息子たちが報告した北王国の都での出来事はこの老預言者の「承認欲求」に火をつけてしまったのでしょう。

ところでこの若き預言者が斯くも簡単に老預言者の罠にはまってしまうのはなぜでしょうか。以下の言葉にその謎解きが隠されています。「神の人の後を追って行った。そして、その人が樫の木の下に座っているのを見つけると、「ユダからおいでになった神=の人はあなたですか」と尋ねた。その人は「私です」と答えた。(14)」の1文には次の要素がうかがえます。ここに出てくる「樫の木」ですが地中海域に生息する「テレビンノキ」のことで、ベテル郊外にラウンドマークの様に1本立っていたと言われています。周辺からかなり目立つ木だったようです。「飲まず食わずで旅を続けたので、樫の木に倒れこむほど疲労困憊していた。だから老預言者の誘いにまんまと乗ってしまった」と説明する方もいるようですが、それはどうでしょう。ベテルからユダまでは913kmほどでゆっくり歩いて行っても二、三時間程度です。全行程にろばを使ったのなら往復でも3時間程度。さっさとベテルを経ってユダに戻ればよいところ何故こんなところでうろちょろしているのでしょう。仮に目的を果たしてさっさと戻るのなら「日帰りコース」で、水も食料も持参していたのであれば飢えや渇きなどあるはずがないのです。こんなところに腰かけていれば「私はここにいます。時の人ヤロブアムの暴走に諫言したのは外ならぬ私です。誰か声をかけてくれても良いのでは。」と言っているようなものです。ここにこの若い預言者に刈込がなされていなかった「功名心」という部分が見え隠れするのです。

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