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クリスチャン生活が窮屈と感じるわけ?

なるほどTheBible2024/11/16
=クリスチャン生活が窮屈と感じるわけ?=

【参照聖句】私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。(ヨハネの手紙第一5:13)

「クリスチャンが神によって新生したのなら、なぜ祈ったり聖書を読んだりする必要があるのでしょうか。また教会に毎週通うのは面倒です。こんな窮屈な生活は嫌です。窒息しそうです。」と、感じたことはありませんか?クリスチャンビギナーの方と話していると「クリスチャン生活が窮屈」と感じる「倦怠シーズン」がどうもあるようです。残念ながらこう感じてしまうのは、悪魔が支配するこの世の恐ろしい実態を十分認識していないことに起因しているのです。悪魔の世界に汚染されてしまっている自分に気付いていない場合が多いのですね。クリスチャンがなぜ祈ったり聖書を読んだりしなければならないのでしょうか?

上記の聖句のように「あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです」とヨハネが書いたのは、新生すればその時点で完成形のクリスチャンになったわけではなく、クリスチャンとして生きる術を身に着けさせるためです。このクリスチャンとして生きる術を習得しなければ、この世に汚染され挙句の果てには窒息状態になるのは当然なのです。私はいつもこんな風に説明させていただいています。

●宇宙空間では宇宙服を着用しないと生きていけません。米国NASAが開発した船外活動用宇宙服は生命維持装置を含めて1,000万ドル(約10億5千万円)もします。この世は悪魔空間であり、神によって新しく生まれた者たちはこの中で息をしようものなら、すぐに汚染され窒息してしまいます。基督者にとっての宇宙服は「神によって与えられたいのち」そのものです。普段はこの「新しいいのち」を装着している実感が湧いてきませんが、この世で出遭ってしまう大きな困難の中で、窒息しそうな環境に陥った時、「新しいいのち」を装着していたことに気が付くものです。宇宙飛行士には、外界から身体を守るための「宇宙服」と空気を送り続ける為の「生命維持装置」の二つが必要であるのと同様に、基督者には「水と血」つまりイエス様の「十字架による贖罪」と「聖霊」なる神様の内住がその二つに当たります。言うなれば十字架によって保護され、聖霊によって新しいいのちを送り続けられていることになります。
●海底には沈没船に多くの財宝が今でも数多く眠っていますが、その財宝を見つけ出し、引き上げるためには、長時間潜水していなければなりません。ここでも酸素ボンベと言う生命維持装置が必要なのです。寄せては返す海の波の繰り返しの様に、私たちの人生は何の変哲のない日常の繰り返しです。ところが、いったん人生のどん底に落とされてみると、そこには今まで見かけたことのない財宝を見つけ出すことがあるのです。しかし財宝があるのは海底です。酸素ボンベが必要です。つまりここにも「イエス様の十字架と聖霊」という生命維持装置が必要なのです。
●これらの生命維持装置も普段の整備が必要です。基督者にとってそれは常習的個人的な「罪」の解決です。御言葉が巣食う罪を照らすサーチライトであり、諸々の罪の摘出方法や抑制方法を示す医学書であり、聖霊はその執刀医であり担当医なのです。日頃のデボーションは丁度宇宙服や潜水具の整備と同じことなのです。行き詰らない(息詰まらない)為に是非とも必要な作業なのです。