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マタイの福音書15章

マタイの福音書15章
=本章の内容=

➊言い伝え➋カナン人の女性の娘の癒し➌人々の癒し➍給食の奇跡(2)

=ポイント聖句=

そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「なぜ、あなたがたも、自分たちの言い伝えのために神の戒めを犯すのですか。(15:3)

=黙想の記録=

●ここで言う「言い伝え」とはモーセ五書に付け加えられた「ミシュナ」のことで、前5世紀から紀元2世紀までに編纂された律法の解釈です。イエス様時代はまだ文書化されておらず、全て「口頭による伝承」でした。イエス様はモーセの律法を忠実に守りました。またミシュナの教えを知り尽くしてもいましたが肯定的ではありませんでした。本来ミシュナは民衆教育の為にあったものです。ところが、イエス様の時代では「律法学者」という専門職を作り出し、子弟教育だけではなく、このミシュナを利用し民事事件の仲裁役を買って出ることにもなるのです。これが彼らの利権でした。ですから、このミシュナを否定されることは、飯の種がなくなることを意味していたので、律法学者たちにとってイエス様は排除すべき存在としか映っていなかったのです。
●ここで「手を洗う」という行為は、健康衛生の為ではなく儀式の為です。当時、手を洗わずに食事をすることは、汚れや悪霊を体内に取り入れることとなるとされていました。ところが、本来この言い伝えは祭司職に当てはまっても、それ以外の人々には適応されないはずでした。「コルバン」は献納物のことです。当時、自分の所有物をコルバンと宣言したなら、親がどんな状況下にあっても、それを使うことができませんでしたが、本人が必要なら、途中でその約束を反故することができました。とても虫の良いしきたりでした。イエス様はこのミシュナが低俗な教えであることを、「そのような物は、人の心には、入らないで、腹に入り、そして、かわやに出されてしまうのです。」と、とても愉快な言葉を使って説明しています。「体に良くない物であれば腹痛を起こし、下痢になって出て行ってしまう。」のです。続いて、イエス様は「誰の心にも始めからある心の汚物」リストを13個もあげています。

●「ツロとシドン」は現在のレバノンにあった地中海に面した海運都市でした。が、大国の度重なる攻撃により過去の栄光はすっかりはぎ取られていました。ここに登場する「カナン人の女性」とは、イスラエルのカナン侵攻以前からの先住民族であり、ギリシャ人を含む多種多様な外国人との混血でした。イエス様の前でひれ伏した行為もさることながら、この女性の第一声「主よ。ダビデの子よ。」は驚くべきものでした。全くの異教文化に染まった人間の口から、「ユダヤ人の王」つまり「メシヤ」の名が出てきたのです。想像の域を出ませんが、この女性は、ユダヤ人との接触を持ち、ユダヤ教に傾倒していた人物であったと思われます。「ダビデの子よ。」は元来ユダヤ人しか使うことのない呼称のはずです。この女性は「混血ではあるがユダヤ人の血が混じっている」とでも言いたかったのでしょうか。イエス様が「イスラエルの家の滅びた羊以外のところには遣わされていません」と、彼女を突っぱねた時に「小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」と食い下がりました。しかしこの言葉の舌下には「たとい血がつながっていなかったとしても、自分の遙か先祖はユダヤ人の奴隷として尽くし、ユダヤ人同然の生活をしてきたではありませんか。私達も滅びた羊なのではありませんか」との意味が込められていたのではないでしょうか。ここでマタイが、この女性を引き合いに出したのは、伝承を大事にし民族の血統ばかりを云々する律法学者より、「無価値な自分の存在を知る」この女性の方がより、信仰者として相応しいことを表現したかったからだと思われるのです。

●律法学者は、「足なえ、不具者、盲人、おしの人」は、神に見捨てられた人々のカテゴリーに入れていました。「それで、群衆は、おしがものを言い、不具者が直り、足なえが歩き、盲人が見えるようになったのを見て、驚いた。そして、彼らはイスラエルの神をあがめた。」と言う言葉を使い、マタイは、ユダヤ人の王がだれかを知っていたのは、ユダヤ教の中枢にいた人間たちではなく、むしろ、中心からはるかに離れた存在であるこれらの人々やカナンの女性であると主張しているのです。父なる神は見つけ出す方であり救い出す方でもあります。

●再び群衆への給食が行われました。弟子たちは前回の給食の奇跡から少しは学んでいたようです。しかし、一般民衆はいまだに物質的な満足をイエス様から受けたいという「たかりの構造」はあっても、カナンの女性や癒されてきた人々の様な「メシヤ」としての意識は本当に薄かったのです。本章最後に、マタイが、この記事を加えたのは、律法学者が教育してきた結果が、このような一般民衆であったことを皮肉ったものと思われるのです。