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モーセとエリヤとなぜわかるの?

2024年6月29日

《なるほどThe Bible》2021/05/03
=モーセとエリヤとなぜわかるの?=

💚今日の箇所は「ルカ9:32‭~‬33」の変貌の山でした。そこで浮かんだのが「❶ペテロは何で幕屋を作ると口走ったのか❷モーセとエリヤであるとどうしてわかったのか」という素朴な疑問です。‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬そこで「なるほどThe Bible」‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬
❶ペテロは何で「幕屋を作る」と口走ったのか
(1)イエス様は次世代の「教会」という共同体の礎石とするために、ペテロ・ヤコブ・ヨハネをことあるごとに重要な場面に呼び出されます。変貌の山の奇跡は、「最期」を迎えるにあたり、この受難こそが、自分の使命であり、律法(モーセ)と預言書(エリヤ)が説く究極の目的であることを弟子たちに再確認させること。さらにモーセ・エリヤ両名は今も生きていることを示すことで「復活」の存在を証明するものであったと思われます。
(2)人はとっさの時に出てくる言動に人間の本性を現すものです。塾生と一緒に東京ディズニーランドに何回も行きました。普段は寡黙な女子生徒がよくしゃべり、「優しい子だなあ」と好印象を持っていた男子生徒が同一行動をとっていた仲間を置き去りにしていくとか。人間って無我夢中になると本性が隠せなくなるのですね。この時のペテロも興奮状態でした。残念ながらこの時期のペテロは功名心と野心でパンパンの人間でしたから、何かの折にはいつも「我さきに」という言動になる男でした。イエス様がメシヤだと告白したばかりなのに、この山では、三人に用意しようとしたのは、「神殿やモーセの幕屋」ではなく「仮庵」つまり簡易テントです。あまりにも粗末な対応です。ここからは私の勝手な想像ですが、彼にとってイエス様は「自分を引き立ててくれる存在」であって「隷属する存在」ではなかったのです。「来る新王国では重鎮でいたい」という野心で心が満杯だったようです。変貌の山以前に、「ご自分の最期を語っていた」ので、十字架の死の本当の意味を知らずに、「この山を特別なメモリアルプレイスに指定し、十字架での刑死を避け、ここから王国をスタートしましょう。」というのが「幕屋を作りましょう」の本音だったのではないでしょうか。いかがでしょうか?

❷モーセとエリヤであるとどうしてわかったのか。
現代の様に「写真や似顔絵」でもあれば難なく判別できたでしょう。しかしこれらがもしあれば、写真や似顔絵が礼拝の対象になってしまったかもしれません。ですから、ペテロ達には顔を見るだけで両名とは判別できないはずです。ルカ9章31節を見ると「最期」という言葉が出てきますが、ギリシャ語で「exodos(エクソドス)」で「出エジブト」を意味しています。これはモーセに関連する事項です。また9章27節では、「死を味わわない人」とありますが、弟子の事ではなく、「エリヤ」その人のことです。以上から察することができたのではないかと思いますが。いかがでしょうか?