士師記章3

士師記 3章
=本章の内容=

❶イスラエルを試みるための時代❷三人の士師(オテニエル・エフデ・シャムガル)

=ポイント聖句=

4,これは、彼らによってイスラエルを試み、主がモーセを通して先祖たちに命じた命令に、イスラエルが聞き従うかどうかを知るためであった。(新改訳2017版)
4,主はイスラエルの若者たちに、敵を征服することによって信仰と従順を学ぶ機会を与えようとしたのです。(リビングバイブル)

=黙想の記録=

●士師記は「イスラエルの不信仰→他国の侵略と圧政→民の叫び→士師の登場と活躍→平和」の繰り返しが刻まれている歴史書です。
●士師記は「イスラエルの不信仰→他国の侵略と圧政→民の叫び→士師の登場と活躍→平和」の繰り返しが刻まれている歴史書です。
❶1-4節:この個所に士師記時代を用意された神様の意図がはっきりと示されています。つまり信仰と従順を学ぶ機会を与えることにありました。
❷5-31節:三人の士師の活躍とその背景が記されています。
(1)オテニエル(5-11)・・・ユダ族
①先住民と婚姻関係という深いつながりを持つようになった。バアルやアシェラ(ご利益宗教)を拝するようになる。イスラエルに統一性がなくなり軍事力が無くなる
②アラムの王クシャン・リシュアタイム(メソポタミア王でもあった)に蹂躙される8年間の圧政下にあった
③「10主の霊が彼を支配していたので、彼はイスラエルの改革と粛清を断行しました。」とあるようにオテニエルが堕落したイスラエルの復興を行った。
④アラムの王(現在のシリア)クシャン・リシュアタイム軍に勝利した。
⑤40年間の平和が維持された。
(2)エフデ(12-30)・・・ベニヤミン族
①「12・・・主の目に悪であることを重ねて行った」
②モアブの王エグロンになつめ椰子の町(エリコ)を占領される。18年間支配される。
③救助者エフデが起こされる。「さばいた」とは書かれていない。
※エフデは右手が使えない身体障害者であったと想像できる。しかし部族がイスラエルの命運を託せるほどの賢者であり武芸に秀でた人物だったと言えるのです。またエグロンにすれば身体障害者が自分に刃を向けるなど想像すらできなかったのでしょう。
④エグロンを殺害
※左利きの場合体の右側に帯びていないと剣は抜けません。金属探知機であればすぐにでもわかってしまうが短剣を太ももに隠しておいたのですが、そもそも短剣で人を一撃するには相当の腕前が無ければなりません。さらに「貢物の献上」はこれ以上エグロンに反抗する意志はないことを表明しているのです。よもや自分を暗殺に来ているとは思えません。エグロンはかなりの肥満体であったので刺した短剣を抜くことができなかったとあります。このエグロンの滑稽とも思われる死に様や人払いをするなどの様子は不摂生な生活や物欲まみれの様子を敢えて表現したものでしょう。
⑤ 「27,到着すると、彼はエフライムの山地で角笛を吹き鳴らした。イスラエルの子らは、彼と一緒に山地から下って行った。彼がその先頭に立った。」とあるように、すでにモアブへの反撃は一致団結したイスラエルによって計画されていたのです。約一万人のモアブ人を討ちました。「一人として逃れた者はいなかった。」と記されているのは人的資源を惜しんで同化政策をとらなかったことを表したものです。
⑥80年間の平和が維持されました。
(3)シャムガル(31)・・・部族は不明
「31,エフデの後にアナトの子シャムガルが起こり、牛を追う棒でペリシテ人六百人を打ち殺した。彼もまた、イスラエルを救った。」彼の業績はたったこの一か所だけです。ところがここで注目するのは「牛を追う棒で」という言葉です。武具ではないのです。つまり彼は牧畜業を営むごく普通の人物だったのですが、神様が用いられるとたった一人であっても重要な戦いができたということになるのです。また手にしているのはただの棒です。しかし、この単なる棒が敵の槍や刀に勝る働きをするのです。シャムガルは日常牧畜業に精を出していながら武芸を磨くことも怠っていなかったと想像できるのです。
※この一行足らずの文からこんなことも想定できます。シャムガルの時期にイスラエルは混乱時期にあり外敵を倒すほどの軍事力も政治力も無くなっていたことです。
●本章に出てくる3人の士師の肩書は「武名高い軍人で名家の出」「右手に障害を持つ武芸の達人」「牧畜を営んでいた力持ち」とでも言うべきでしょうか。神様はそれぞれの場面でそれぞれの能力に応じて有効な働きをさせています。でも一応に言えるのは日頃武芸を磨いていたと言うことです。訓練なしには神様は人を用いることはできないのです。基督者も同様なことが言えるでしょう。

=注目語句=

語句④左利き(15):左利き(3:15):lefthanded(KJV);ヘブル語イテール・ヤード[右が妨げられた・手]・・・ヘブライ語は文字通り、右手が不自由になり左手を代わりに使う人、あるいは習慣的に左手の使い方を好む人という意味です。左利き(3:15):lefthanded(KJV);ヘブル語イテール・ヤード[右が妨げられた・手]・・・ヘブライ語は文字通り、右手が不自由になり左手を代わりに使う人、あるいは習慣的に左手の使い方を好む人という意味。ベニヤミンの名前自体が「右手の子」を意味して暗に右手が祝福の手とも取られそれが使えない状態は不幸であるとも考えられるのです。

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