使徒の働き17章-1

使徒の働き17章-1(17:1~14)
=本章の内容=
❶テサロニケ伝道❷ベレヤ伝道
=ポイント聖句=そして、「キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえらなければならなかったのです。私があなたがたに宣べ伝えている、このイエスこそキリストです」と説明し、また論証した。(17:3)
この町のユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも素直で、非常に熱心にみことばを受け入れ、はたしてそのとおりかどうか、毎日聖書を調べた。(17:11)
エグナティア(イグナチア)街道は、古代ローマ帝国のイリュリクム属州(バルカン半島北西部でイタリア半島に最も近い州)、マケドニア属州、トラキア属州を結ぶ街道で、パウロはピリピからこの街道沿いの町々に移動しながら宣教を続けていました。本章に登場する「アンピポリス・アポロニア・テサロニケ・ベレヤ」も全てこの街道上にある都市です。
《1~9節》テサロニケ伝道
(1)テサロニケは、マケドニア州の州都であり、ローマと東方世界を結ぶ、海陸両方とも交通の要地で、貿易によって栄えた大都市でした。ギリシャ人が多く住んでいましたが、離散したユダヤ人の居住地もありました。ユダヤ人の会堂はテサロニケにありましたが、推測するにアンピポリス・アポロニにはなかったのでしょう。テサロニケはローマとギリシャの融合した華やかな文化漂うところでしたが、とても退廃した都市でもありました。このため高い倫理観を持っていたユダヤ人の会堂は心ある人々には大変関心が高かった場所とも言えます。ユダヤ人の会堂から福音を伝えたのは、異邦人社会に影響を与える為に最大で最速の方法であったのです。
(2)新改訳第七版では「パウロとシラスは・・・行った」は英語では「They had passed through~(KJV)」「Blue Letter Bible(ヘブル語・ギリシャ語と英語の対訳アプリ)」とギリシャ語翻訳アプリで調べてみると、ギリシャ語でも「彼らは・・・」の意味の文が使われていました。つまり16章で合流したテモテとルカは、エグナティア街道沿いの都市には行っていなことになります。パウロとシラスは生粋のユダヤ人で、パウロはラビとしての名声も持っていた人です。ユダヤ人の会堂にフリーパスで入れるのは当然この二人だけだったのです。この会堂でパウロは3週にわたり、安息日の集会で奨励の言葉を取り次ぐべきところを、旧約聖書から詳細に「預言されていたメシヤ(キリスト)とは、『苦しみを受け、死者の中からよみがえら』た方、つまりイエスその人だ」ということを主張しました。ここではユダヤ教の歴史を語ることは全く不要でした。
(3)パウロとシラスの反対者はここでも同胞であるはずのユダヤ人です。ここでも使われている「妬みに駆られ」はギリシャ語の「ζηλόω(ゼルーオ)」で、「羨望、憎しみ、怒りで沸騰する」の意味があります。ヤソンはローマ16:21によれば、「同胞」ギリシャ語で「συγγενής(スンゲネイス)」で、「親族・血のつながった」の意味もあります。仮に、パウロの血族と考えるのなら、妬みに駆られたユダヤ人の矢面に立って、パウロの身代わりになったのも合点できます。しかし、このテサロニケの十人となっていたヤソンもまたここテサロニケで救われたのです。ここにも聖霊の配慮があったことが伺えるのです。ところが、ここでも訴状はユダヤ教のことではなく「カエサルへの反逆罪」という事実無根の内容だったのです。しかし、テサロニケの住人であるヤソンにそのような言動は何一つ見つかるはずがない「無罪」のはずですが、役人たちはその場を収める妥協案として、保証金を取ったうえ釈放してしまいます。この保証金の一部は訴えを起こしたユダヤ人にも回されていたと想像できるのです。この保証金はピリピ教会信徒が捻出していたとも考えられます。
《10~14節》ベレヤ伝道
こんな騒動があったにも関わらず二人は次の宣教地ベレアに向かいました。べレアはテサロニケの西約70kmの内陸部にある都市で関東平野の内陸部にある群馬の都市の様なところです。パウロとシラスはここでも積極的にシナゴーグに出向き、ラビとして入り込むことができました。「テサロニケにいる者たちよりも素直で、非常に熱心にみことばを受け入れ、はたしてそのとおりかどうか、毎日聖書を調べた。(17:11)」とルカはこのべレアの人々を称賛しています。つまり、聖霊によってパウロの話を受け入れる素地が整えられていたことが分かるのです。しかしここでもユダヤ人の謀略に巻き込まれるのです。生まれたばかりのマケドニア諸教会の為、パウロはテモテとシラスを残します。パウロだけが次の宣教地に向かいます。