使徒の働き14章-1

使徒の働き14章-1(14:1~12)
=本章の内容=
パウロの第一次宣教活動❶イコニオン❷リステラでの事件勃発
=ポイント聖句=それでも、二人は長く滞在し、主によって大胆に語った。主は彼らの手によってしるしと不思議を行わせ、その恵みのことばを証しされた。(14:3)
そして、バルナバをゼウスと呼び、パウロがおもに話す人だったことから、パウロをヘルメスと呼んだ。(14:12)
(1)現代日本では、こうした露骨な迫害と言うものはあり得ません。しかし、コミュニュティの調和を乱す者に対しては容赦のない攻撃が見られ、時にはその攻撃の結果、重篤な病気や死に至らしめる場合があります。本章で取り上げられる迫害の実態もまた「コミュニュティの調和を乱す者に対しては容赦のない攻撃」であり、既得権を奪われると感じた者たちの反撃から来ています。
(2)本来キリスト者は、罪人としての自覚や他者に仕える基本姿勢を求めなければならないところを、内容のない優越感(選民意識)を抱く場合があり、それが時によっては自ら攻撃を引き込んでしまう場合が多々あります。「伝道」や「証」と称しているものが空振りするのはこれが原因の一つです。これについては「迫害」とは呼べません。
《1~7節》イコニオンでの宣教の様子
(1)イコニオンはピシディアのアンティオキアから南東方向に直線距離で100kmの場所にあり、ルステラはイコニオンから南西方向に30km行ったところにあります。どちらもガラテヤ地方にある小都市。ガラテヤ人はローマに対して非常に従順であった為、ローマ文明にすっかり染まっていました。バビロン捕囚等で離散したユダヤ人の住む各地で、コミュニュティの中心はシナゴーグと呼ばれるユダヤ教の会堂でした。定期的な集会では、旧約聖書の朗読とその解説があり、祈りの時を持っていました。そのほかにも、冠婚葬祭の各儀式も執り行われていたり、民事裁判も開かれていました。
(2)ガラテヤ地方の会堂はエルサレムほどの縛りがありません。また形骸化していた既存のユダヤ教に魅力を感じていなかったとも言えます。その為、パウロは邪魔されることなく福音を語ることができました。その会堂で大勢の人々が入信するわけですが、これを快く思わないグループは、面と向かって反対表明をするのではなく、ねちねちとパウロ一行に対する悪評を流し回るのです。そもそもユダヤ教の最高教育を受けたパウロを論破できる人物などいるはずがないのです。
「それでも二人は長く滞在し、主によって大胆に語った。(14:3)」とあります。ここでパウロ一行は、こうした攻撃にひるむことをせず、石打ち刑という命の危険性を感じる寸前まで活動を続けています。これは、イコニオンでの宣教の成果が目に見えて大きかったことが要因しているのです。しかし、極端な攻撃が始まってしまったので、生まれたばかりの信徒への危害が及ぶのを避けるため、リステラとデルベへ退避します。イコニオンーリステラーデルべの逃避行の総距離はおよそ100km。
《8~12節》リステラでの事件勃発
どれほどの期間であったかは定かではありませんが、パウロ一行はイコニオンでのほとぼりが冷めるまでデルべに滞在し、イコニオンに直近しているリステラまで戻って宣教を続けます。ここでは、パウロによって足の不自由な男性を癒す行為が行われます。怪しい祈祷師の様ではなく、言葉で宣言するだけで癒されてしまったのです。ここで「癒やされるにふさわしい信仰がある」と書かれいますが、「ふさわしい信仰」とは何でしょうか。それを解くカギが「アイネアの癒し(9:34)とドルカスの蘇生(9:40)」でも使われたギリシャ語の「anistemi(アニステミ)」「立ち上がる」と「起き上がる」。です。単に身体が正常になることを期待していただけでなく、悔い改めてイエスキリストに従う意志を持っていることをパウロが見抜いたわけです。ところがこれが民衆を巻き込む大事件となっていきます。ローマ文明にすっかり染まっていて節操のない宗教観しかなかった為に、パウロ一行を神々として祭り挙げてしまうのです。