サムエル記第二24章
サムエル記第二24章
=本章の内容=
❶ダビデの人口調査❷アラウ名の脱穀場
=ポイント聖句=1,さて、再び主の怒りがイスラエルに対して燃え上がり、ダビデをそそのかして、彼らに向かわせた。「さあ、イスラエルとユダの人口を数えよ」と。
25,ダビデは、そこに主のために祭壇を築き、全焼のささげ物と交わりのいけにえを献げた。主が、この国のための祈りに心を動かされたので、イスラエルへの主の罰は終わった。
1,さて、再び主の怒りが、イスラエルに向かって燃え上がった。主は「さあ、イスラエルとユダの人口を数えよ。」と言って、ダビデを動かして彼らに向かわせた。(新改訳第二版)
1. ,さて、再び主の怒りがイスラエルに対して燃え上がり、ダビデをそそのかして、彼らに向かわせた。「さあ、イスラエルとユダの人口を数えよ」と。(新改訳2017版)
Ⅰ歴代誌21:1ここに、サタンがイスラエルに逆らって立ち、ダビデを誘い込んで、イスラエルの人口を数えさせた。(新改訳2017版)
1さて、主が再びイスラエルに怒りを燃やすようなことが持ち上がりました。ダビデはどうしたことか、人口調査をして国民を煩わせる思いに駆られたのです。主はその思いをそのままにしました。(リビングバイブル)
※新改訳第二版ではあたかも「主」がダビデに人口調査をそそのかしたように誤解される感があるが2017版では「主」が抜けている。リビングバイブルはダビデの心に湧いた欲望として表現している。しかしⅠ歴代誌21:1を合わせ読むとこの誘惑はサタンからの物であることが明らかである。
[人口調査事件の経緯] [01]ダビデ国勢調査を命じる [02]ヨアブが諫言するもダビデは聞き入れなかった [03]ヨアブと軍の高官たちが国勢調査に出発する・・・かなり高圧的に見える [04]ヨルダン川東岸地域の調査 [05]ヨルダン川西岸地域の調査 [06]調査完了(9か月20日間) [07]ダビデの悔い改め [08]預言者ガドが神託を言い渡す [裁きの内容]⓵七年間の飢饉(国全体)⓶三か月ダビデ自身が敵に追われる⓷三日間の疫病(国全体)
[09]ダビデが疫病を選ぶ [10]国全体に疫病が起こる・・・7万人が死亡 [11]御使いがエルサレムを滅ぼそうとしたが主がそれを制止する。 [12]ダビデが嘆願する [13]預言者ガドが神託を伝える「アラウナの打ち場に主のために祭壇を築きなさい。」 [14]ダビデが神託に従い祭壇を築く。アラウナから土地を購入 [15]全焼のささげ物と交わりのいけにえを献げた [16]神罰が終わる =黙想の記録=❶1-25節:ダビデの人口調査・・・この事件はBC970年に起きたものと推測されています。ダビデ70歳(死去する9年前)。人口調査がなぜ神様の逆鱗に触れたのでしょうか。この個所を読んで不思議に思ったことはありませんでしたか。また「ダビデを動かして彼らに向かわせた」とあるように、ここではあたかも神様がそそのかしたような書き方をしていますね。が、これは明らかにダビデの意志です。そもそも「人口調査」がなぜ主の怒りをかうのでしょうか?「人口調査」の目的はなんでしょう。それは国勢調査なのです。国勢調査はこの世の国王なら誰もが目指す「富国強兵」の準備段階と言えます。次の三点の状況把握なのです。
第一に人民からどのくらいの税を吸い上げることができるか。
第二は人民からどのくらい徴兵できるか。
第三に各部族の勢力はどうなっているか。
絶対王政以前の古代イスラエルでは納税と兵役は義務ではありましたが、あくまでも「主なる神様への積極的献身」の表れでした。ダビデはこれを他国同様、「国王への忠誠心の強制」に置き換えようとしたのです。こうした行為は専制君主制の体制維持には不可欠です。しかし、これは「悪魔がこの世を支配する目的と手段」そのものです。つまり、「主なる神様がいつくしむ民イスラエル」を保護するための代理者ダビデではなく、ダビデ自身が民の支配者として君臨するためだったのです。この誘惑は荒野でのイエス様に対する「最後の誘惑(マタイ4:8)」と同じものです。彼の前に叩頭(ぬかず)かせ、意のままに利用する、謂わば「国民の総奴隷化」であり「ダビデの神格化」に他ならないのです。ダビデは悪魔に完敗したのです。「国民の総奴隷化・ダビデの神格化」に必要なのは「民のことを神の様に知り尽くす多くの情報」です。民は「情報を知り尽くす王」に恐怖を感じる様になってくるのです。忠臣ヨアブの進言(歴代誌第一21:3)にあるようにこれは主なる神様への反逆行為という罪になるのです。ヨアブの進言も聞き入れない行為は、後にヨアブとダビデの絆を完全に断ち切ってしまいました。そればかりかその愛する友というべき忠臣を失う結果となるのです。列王記に記載されたイスラエルの結末を思い返してください。イスラエルは他国に根絶やしにされるという結果をもたらしたのは、イスラエルが他国同様「専制君主制」を選び取ったからにほかならないのです。
❷18-25節:アラウ名の脱穀場…「17,…ダビデは、民を打っている御使いを見た時…」とありますが、70000人の民が次々と倒れていく姿を見てその間何の同情の念が湧かなかったとするならダビデは本当に霊性を失っていると言わざるを得ません。ようやくここにきて己の選択があまりにも身勝手なことであった気付くのです。⓶の三か月ダビデ自身が敵に追われるを選択していればこんな悲惨な結果ではなかったはずです。しかしこの時のダビデは己の身体を気遣うことを優先していたのです。悲惨な様子に心の痛んだダビデはようやく自分と向き合うことができるのです。「ご覧ください。この私に罪があるのです。…この羊の群れがいったい何をしたのでしょうか。・・・」あまりにも鈍感なダビデの言葉に腹立たしさを感じませんか。困り果てているダビデの元に預言者ガドがやってきて、ダビデに向かって「アラウナの所有地で祭壇を築くよう」にとの神託を告げます。アラウナは怖れ畏み農地とそこにある農機具や牛さへも献上すると進言しますが、ダビデはそれらを銀50シェケル(日本円で16500円程度)という一般的な価格で購入するのですがこれは農機具と牛の代金。ところが歴代誌では金600シェケル(日本円で1150万円)とあり地代をを別に払っているようです。ここはやがてエルサレム神殿が建設されるところとなります。
因みに、1シェケルは1,4g。50シェケルは70g。現在相場なら銀50シェケルは7950円。金600シェケルは779万円。労賃で換算するなら1デナリは4シェケルとするとすると4万円×50シェケルで200万円程度。600シェケル2400万円。
いずれも法外な値段とは思えません。