サムエル記第二21章-1
サムエル記第二21章-1(1-9節)
=本章の内容=
❶飢饉の原因
=ポイント聖句=1,ダビデの時代に、三年間引き続いて飢饉が起こった。それで、ダビデは主の御顔を求めた。主は言われた。「サウルとその一族に、血の責任がある。彼がギブオン人たちを殺戮したからだ。」
8,王は、アヤの娘リツパがサウルに産んだ二人の息子アルモニとメフィボシェテ、それに、サウルの娘メラブがメホラ人バルジライの息子アデリエルに産んだ五人の息子を取って、
=注目聖句=1,ダビデは主の御顔を求めた。(新改訳2017版)
1,ダビデは主に託宣を求めた。(新共同訳)
1, David enquired of the LORD.(KJV)【直訳】ダビデは主に尋ねた(聞いた)
[3年間のききんとサウルの子達の殺害の経緯] [1]3年間の飢饉が起こる [2]主の託宣でサウルとギデオンとの関係性が指摘される [3]ギデオン人がサウルの子達の引き渡しを要求する [4]側女リツパの子(2人)と娘メリバの子[5人]が引き渡される [5]ギブオン人が山の上で公開処刑を行った。 =黙想の記録=❶1-9節:飢饉の原因・・・本章は20章との継続性は見られず後に追加記載されたものと思われます。日本語訳にもヘブル語原文にも時刻の記載がありません。サムエル記下21章7節からすでにダビデはメフィボシェテと会っていてしかも存命中であることからアブシャロムの反乱前に起こったのは明らかです。またサウルのギブオン人殺戮の記憶が生々しい時期であったからこそギブオン人は復讐を求めたと思われます。また「1, ダビデは主の御顔を求めた」とあるように霊的状態が良好であった頃の様子であることから総合判断すると「エルサレム治世での初期の段階」ではないかと推測されます。ところで「1,ききんの原因はサウルとその一族の罪にある。彼らがギブオン人を殺したからだ。(リビングバイブル)」とありますが、サウルがギブオン人を虐殺した記録はどこにも見つかりません。「2, ギブオン人はエモリ人の末裔で、イスラエルには属していませんでしたが、イスラエル人は彼らを殺さないという誓約を立てていたのです。にもかかわらず、サウルは熱烈な愛国心から、彼らの一掃を図ったのでした。(リビングバイブル)」とあることから、ヨシュアの時代に結ばれた盟約(ヨシュア9章)を破り、単に民の人気取りの為だけに、サウルは行き過ぎた民族浄化政策を取ろうとしてギブオン人の虐殺を行ったことがあったのでしょう。「3年間の猛烈な飢饉の原因がここにあるとの主の託宣があった。」というのですが、どうも裏がある様に思えてなりません。裏があると思う第一の理由は、「自然災害に対して人身御供をして鎮める」という発想がとても奇異に思えるのです。そもそも人身御供的な考えは律法の忌み嫌うところだからです。第二の理由は「人身御供」として差し出された人々は、いずれもダビデの事実上の政敵サウルの子供達でダビデには馴染みのない者たちばかりなのです。この中に最愛の友ヨナタンの子は除外されています。つまりサウルの血を引く者達の根絶が見え隠れしているのです。ならばこれはギデオン人ではなくダビデの側に理由があったことになります。第三の理由はギブオン人勢力の取り組みの為です。ギブオン人はヨシュアの時代からイスラエルとの同化政策によって各部族の中にあって次第に鉱工業や農業でなくてはならない存在となっていたことでしょう。さらには外人傭兵部隊の一翼を担う兵としても大きな人的資源となっていたのではないでしょうか。ダビデにとってギブオン人勢力は無視することができず、何らかの形で彼らとの融和を図る必要があったのです。これらの理由の為、動機づけとしてこの飢饉との因果関係を持ち出したというのが真相ではないかと思われるのです。つまり本章21章「3年間の飢饉」と最終章24章の「民を数える事件」の真相は「ダビデの汚点として付加された章」と言えるのではないでしょうか。作者は単なる「ダビデの伝記」を書こうとするならこんな汚点を最終章に残すことは有り得ないはずです。作者が預言者だからこそ最期にダビデ王を美化して終わりたくなかったのです。ダビデに忖度していた存在であることは預言者にとってとても不名誉なことなのです。ですから最後の数章にこれらダビデの汚点を付記したのは、預言者としての威厳を保ちたいという意図があったのではないでしょうか。
=注目人物=人物①アルモニ(8):英語Armoni;ヘブル語エルモニー[宮殿のひとつ]
人物②メフィボシェテ(8):英語Mephibosheth;ヘブル語メフィボシェ[偶像を抹殺する]