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サムエル記第二15章-2

サムエル記第二15章-2(7-12節)
=本章の内容=

❷ヘブロンでの儀式

=ポイント聖句=

10-12,アブサロムはイスラエルの全部族に、ひそかに人を遣わして言った。「角笛が鳴るのを聞いたら、『アブサロムがヘブロンで王になった』と言いなさい。」アブサロムとともに、二百人の人々がエルサレムを出て行った。その人たちは、ただ単に招かれて行った者たちで、何も知らなかった。アブサロムは、いけにえを献げている間に、人を遣わして、ダビデの助言者ギロ人アヒトフェルを、彼の町ギロから呼び寄せた。この謀反は強く、アブサロムにくみする民が多くなった。

=黙想の記録=

❷7-12節:ヘブロンでの儀式・・・「8,このしもべは、アラムのゲシュルにいたときに、『もし主が私を本当にエルサレムに連れ帰ってくださるなら、私は主に仕えます』と言って誓願を立てたのです。」とアブシャロムはダビデ王に申し出ます。「主への請願」は異教徒の都ゲシュルにいた時のものです。舌下に「私はゲシュルにいた時ですら異教に染まらなかった。主なる神への信仰の純潔を保った。」の意味があるのです。しかしこれは「主なる神様の名前」をも利用しようとする虚偽の申し出です。ところがダビデはこの申し出に諸手を挙げて賛成してしまうのはなぜでしょう。それは四年間という時の経過とダビデの誤算です。宮殿で父として温かく抱きしめ口づけするという演出ですっかりアブシャロムは回心したと思い込んでいたのです。以降四年間も政務を懸命に行い国民がアブシャロムを信頼していると誤算したのです。さらに「主に仕える」との言葉です。「主に仕える」とは祭司を呼んで「感謝のいけにえを献げる」儀式を執り行うという意味です。アブシャロムの行動は実に理路整然としていたからです。エルサレムで儀式を執り行わずヘブロンでする表向きの理由は、ヘブロンがダビデがユダを収めていた時の首都でありアブシャロムの生まれ故郷であるためアブシャロムの友人や関係者が数多く住んでいたからです。儀式を親しい人々と祝うのは自然の流れです。またヘブロンはエルサレムを挟んでアブシャロムの拠点であるバアル・ハツォルと反対方向にあるわけですから私兵を動かし軽々に軍事行動を起せまいとダビデ王は思い込んでいたのです。しかし実際は全てダビデの思い込みと真逆に動いていたのです。第一にヘブロンはイスラエルの首都をエルサレムに移転することに反対する人々が多くいたのです。ヘブロンに招いた二百人は明らかにエルサレム在住の有力者でほぼアブシャロムのシンパと思われます。ダビデ王に忖度することなくアブシャロムの招待に喜んで呼応しているからです。自ら引率して来た有力者二百人はヘブロンの人々を納得させる道具でもあります。でも事が起きた時にはむしろアブシャロムに賛同する人々です。ですが彼らはこれから何が起こるのかを知らされていません。それは全て秘密裏に実行しなければ計画が頓挫してしまうからです。『10ところが、ヘブロン滞在中にイスラエル各地に密使を送り、王への反逆をそそのかしたのです。密書には、こう書かれていました。「ラッパが吹き鳴らされたら、アブシャロムがヘブロンで王になったとご承知ください。」(リビングバイブル)』とあるようにアブシャロムは全国のアブシャロムシンパにも連絡していたのです。宮廷の門外でアブシャロムが苦労して作り上げてきた(15:2-6)全国に散らばるアブシャロムシンパです。この人々はアブシャロムがのろしを上げれば部族の族長を始めとする重要人物の説得にもあたるはずです。また本人もアブシャロムに合流する行動を取る人物達です。ダビデの助言者アヒトフェルはユダ族出身でヘブロンを見捨てエルサレムを首都としたダビデに不満を覚えていました。アブシャロムのヘブロンでの挙兵はアヒトフェルの心を揺り動かしたのは当然です。アブシャロムの招聘に喜んで馳せ参じたことでしょう。ダビデの近頃の所業を心良しとしていなかったダビデ王側の重鎮たちも次第にアブシャロム側に傾斜していくのです。アヒトフェルに裏切られた際のダビデの心境を歌ったのが詩編第41篇です。
※アブシャロムがヘブロンで大掛かりで派手な儀式とそれに伴う祝宴を数日にわたり行いましたが、これは明らかにアブシャロムの挙兵に対する賛同者を急増させる為パフォーマンスだったのです。アブシャロムの美意識は大衆を意のままに扱う才能でもあったのです。「法廷のショーマン」アドルフ・ヒットラーを彷彿とさせます。

=注目語句=

語句①ギロ人(12):英語Gilonite;ヘブル語ゲロウ[先代の紳士的]・・・ヘブロンのすぐ南にある町

=注目人物=

人物①アヒトフェル(12):英語Ahithophel;ヘブル語アヒソヘル[私の兄は愚か]