
サムエル記第二13章-1(1-22節)
=本章の内容=
❶アムノンとタマル
=ポイント聖句=
19,タマルは頭に灰をかぶり、身に着けていたあや織りの長服を引き裂き、手を頭に置いて、泣き叫びながら歩いて行った。
21,ダビデ王は、事の一部始終を聞いて激しく怒った。
=黙想の記録=
=黙想の記録=
❶1-22節:アムノンとタマル・・・この事件はアラム人との戦いがすでに終結しダビデ王朝が最高潮に達している時であり、またバテ・シェバ事件からちょうど10年目(BC990)に起こったものです。この時ダビデは50才、アムノンは20才、アブシャロムは19才、タマルは18才です。この事件以降実に11年間ダビデには国家を巻き込んだ家庭内の大騒動が起き続けるのです。これはダビデが国王の規定を無視し一夫多妻を実行してしまった結果と言えるのです。なぜこんな忌まわしい事件が起きたのかさらにまとめてみました。
[母親や生い立ちから眺める] アブサロムと妹タマルとの母はゲシュルの王タルマイの娘マアカです。ダビデがイスラエルを支配していた時代、ゲシュルは独立したアラム王国でイスラエルの朝貢国です。ダビデの妻の多くはイスラエル諸部族で平民出身ですが、マアカ(ゲシュル人)とバテ・シェバ(ヘテ人)は王族です。彼女たちは子供時代から成人期まで王女として宮廷で生活していた筈です。ですから子供の教育にもそれぞれの王国の習慣しきたりや帝王学が影響していることは間違いありません。その為他の子供に比べ王子王女としての品格が備わっていたことでしょう。一方アムノンはダビデの長子で本来なら王位を継ぐはずですが、ダビデはアムノンの帝王学教育に関心がなかったようです。それどころか父ダビデはアムノンとっての反面教師になってしまっているのです。ヘブロン時代までに自分の母親以外5人もの妻を父ダビデがは娶っているのをアムノンはその目で見て来たのです。ダビデの女性軽視の生き様はそのままアムノンに教育されてしまうのは当然なことです。母はエズレル人(ユダ族)のアヒノアムでダビデの荒野時代を共にしてきた苦労人ではあり、またダビデの一夫多妻を仕方なく受け入れざるをえない立場にありました。政略結婚と言う政策第一のダビデの行動に黙って従って行くしかなかったのです。そんな中では落ち着いて息子を教育できたとは到底思えません。恐らくアムノンは粗雑な人々の中に交じり放任されて育ってきたと思われるのです。その為アムノンが粗野でおよそ王子としての品位どころか品性が欠けていた人物になってしまったのは当然の帰結でしょう。
[王宮での環境から考える]ダビデの王宮は婦人たちと成人(男子13才、女子12才)となった子供達にはそれぞれ部屋が割り当てられていました。子供と言えども個人が尊重されるのは良いのですが親の監視下から離れることは勝手気ままな生活を送るようになる要因となってしまいます。その為ヨナダブのような若者たちがアムノンの部屋に出入りする様になり良からぬ悪知恵を吹き込むようになるのです。『5「なんだ、そうか。では、よい方法を教えてやろう。床に戻って、仮病を使うのだ。父君のダビデ王が見舞いに来られたら、タマルをよこして食事を作らせてくださいと頼むといい。タマルのこしらえたものを食べればきっとよくなる、と申し上げるのだ。」ヨナダブはこう入れ知恵したのです。(リビングバイブル)』ヨナダブのアドバイスには「自分の部屋に連れ込んで閉じ込めてしまえばあとはアムノンの自由にできる」という悪辣な意図があるのです。しかし、まさか強姦などという愚行を行うなどとは思いもよらなかったことでしょう。そこまでアムノンは愚かではあるまいと考えていたのです。この時ヨナダブがタマルが言ったと同様なアドバイスをしていれば問題は起きなかったのです。
[アムノンの性質から考える]アムノンは父ダビデの「性的欲求に支配されやすい性質」をそのまま受け継いでいました。アブラハムとサラの様に近親結婚の前例(創世記20:12)があり、「13, 今すぐにでも、お父様に申し出てください。きっと二人の結婚を許してくださるわ。(リビングバイブル)」のタマルの言葉に見られるように、正式に申し出れば結婚を許可される可能性があったことが伺えます。しかしはっきり言えることはアムノンには始めからタマルとの婚姻の意思はなくただ性的欲求を満たすだけの劣情が存在していただけなのです。女性を単なる欲望のはけ口とだけ見る男性にとって「幸せな結婚生活」や「子供を授かり養育する幸せ」など関心はないのです。こんな人物が国王になれば国家は混乱に陥ることは必至です。性交渉によって欲情を処理した後のアムノンのタマルに対する仕打ちもまた言語道断です。タマルの人格を無視し性欲処理の道具としか見ていないのです。非情にも自室から追い出す光景はさらにタマルに激しい絶望を与えたはずです。
[事件の経緯から] ヨナダブのアドバイスを実行するのにはダビデ王の心も動かす必要があります。アムノンは仮病を装い父ダビデを騙しまんまとタマルを自室に連れ込んでしまうのです。目的を果たすのに嘘をつく辺りもダビデの卑怯な性質にそっくりです。しかしアムノンは父ダビデよりさらに悪辣さが凝縮されています。父ダビデはバテ・シェバと合意の上で性交渉を持つのですが、アムノンはタマルの意思を全く無視して強姦してしまうのです。さらに『17,召使いの若い者を呼んで言った。「この女をここから外に追い出して、戸を閉めてくれ。」』とまるで事が済んでしまった遊女の様にタマルを冷酷に取り扱うのです。
[タマルの事件後の様子から]「12-13,・・・やめてください、お兄様!こんなばかなこと、いけないわ。イスラエルでは、それがどれほど重い罪かご存じでしょう。こんな辱しめを受けたら、私、どこにも顔出しできません。お兄様だって、国中の笑い者になります。どうしてもというのなら、今すぐにでも、お父様に申し出てください。きっと二人の結婚を許してくださるわ。(リビングバイブル)」の中で「イスラエルでは、それがどれほど重い罪かご存じでしょう。」と言っていますが仮にタマルが創世記30章での出来事(シケムがディナを強姦してしまった後にシケムの一族男子を虐殺した)を例として挙げたものとするならイスラエルの律法ではなく一族の復讐により殺害される危険性を述べたものと言えるのです。しかし無教養なアムノンに通じる話ではありません。ところでこのタマルの言葉には少なからずアムノンに好意を持っていたことが推測できるのです。育ちのいい無垢な女子が荒々しい男子に憧れを持つことはよくあることです。ですがこんな事件に巻き込まれさらに憧れをもっていた男性からいとも簡単に捨てられるのです。アムノンの部屋で愛の告白を受けるかもしれないという淡い期待をもって出向いて行ったのに絶望のどん底に突き落とされて挙句の果てには遊女の如くに追い出されたのです。「19彼女はその服を裂き、頭に灰をかぶり、手を頭に置いて、泣きながら帰って行きました。(リビングバイブル)」とあります。引き裂いた服はアムノンに気に入ってもらうために選んだ最上の服の筈です。頭にかぶった灰はアムノンに喜んでもらうために自ら拵えたパン菓子を作った時の灰です。また「手に頭を置く」とは顔を覆い隠すベールをアムノンによって取り払われてしまったからなのです。兄アブシャロムの勧めに従い告発することをせずひたすら自宅待機しているのです。
[アブシャロムの思い] 異母兄弟とは言え兄弟相和す姿がダビデ家に見られなかったのでしょう。ですが今回妹がアムノンの所に呼ばれたことでアムノンがタマルに求婚を申し出るかもしれないと期待していたかもしれません。それがこんな結果になるとは思いもよらなかったのです。申命記20章にある姦淫の規定では「28-29,ある男がまだ婚約していない処女の娘に出会い、これを捕らえ、共に寝たところを見つけられたならば、共に寝た男はその娘の父親に銀五十シェケルを支払って、彼女を妻としなければならない。彼女を辱めたのであるから、生涯彼女を離縁することはできない。」とあり、アムノンは当然タマルを妻として迎えなければならないのです。「20,・・・おまえの兄アムノンが、おまえと一緒にいたのか。妹よ、今は黙っていなさい。彼はおまえの兄なのだ。このことで心配しなくてもよい。」とアブシャロムが妹に語ったのは「こうした破廉恥な出会いではあったがアムノンは必ず求婚をしてくるだろう」と思っていたからなのかも知れません。しかしその期待は水泡に帰します。待てど暮らせどアムノンからのアプローチがありません。また父がこの件でアムノンとタマルの間を円満に取り持つという気配もないのです。次第にアムノンへの激しい憎しみの感情が湧いてくるのです。
[ダビデ王の思い] 「21,王はこの一件を耳にし、烈火のごとく怒りました。」とありますが、その後アムノンとタマルに間を取り持つこともなく、またアムノンに相応の罰を与えることもなく時間ばかりが経過します。ダビデはこの事件の背景を理解していません。元々子供たちの教育は全て母親に丸投げなのですから。しかしこの曖昧な態度がやがて子供や臣下にまで疑念を抱かせるようになるとは少しも感じていなかったのです。
=注目語句=
語句①恋をした(1):英語loved;ヘブル語アヘイブ[愛する]・・・深く思いを寄せる(リビングバイブル)
語句②苦しんで病気になる(2):英語vexed that he fell sick for;ヘブル語ヤッセール・ハラ―[心が痛む(苦痛になる)・弱くなる(病気になる)]
語句③やつれている(4):英語lean(KJV), dejected(NLT);ヘブル語デール[細い,傾く,上体を曲げる,意気消沈する]
語句④団子(6):英語a couple of cakes(KJV), favorite dish(NLT);ヘブル語シェネイエム・レビボウス[二つの・ケーキ(パン)]
語句⑤拒まない(13):英語will not withhold;ヘブル語ロウ・マナー[しない・否定する (引き留める, 差し控える ,妨げる)]
語句⑥力ずくで彼女を辱めて(14):英語forced(KJV), raped(NLT);ヘブル語アナー[辱める,]
語句⑦頭に灰をかぶり(19):英語put ashes;ヘブル語ラキャッ・エイフェル[置く(取る,つかむ)・灰]・・・悲しみと苦悩のしるしとして
語句⑧わびしく暮らす(20):英語remained desolate;ヘブル語ヤシェーブ・シャメイム[住む(留まる)・荒廃した(荒涼とした,無人で)]・・・ひっそりと暮らす(リビングバイブル)
=注目人名=
人名①アブサロム(1):英語Absalom;ヘブル語アビシャロム[私の父は平和です] ・・・長男。母ゲシュルの王タルマイの娘マアカ
※マアカ:英語Maacah;ヘブル語マアハー[抑圧]ゲシュル(アラム人)の王タルマイの娘
人名②タマル(1):英語Tamar;ヘブル語タマール[椰子の木]・・・アブシャロムの妹。母ゲシュルの王タルマイの娘マアカ。アラブ人は今でも娘たちに「優雅さ・美しさ・実りの豊かさで際立っている」の意味を持つ「タマール」と名付ける。恐らく乳児の頃から愛らし顔立ちをしていたのだろう。
人名③アムノン(1):英語Amnon;ヘブル語アムノン[忠実,誠実,信頼できる] ・・・三男。母アヒノアム:英語Ahinoam;ヘブル語アヒノアム[私の兄弟は喜びだ]
人名④シムア(3):英語Shimeah;ヘブル語シムア―[有名]・・・ダビデの父エッサイの三男。
人名⑤ヨナダブ(3):英語Jonadab;ヘブル語ヨナダーブ[エホバは喜ばれる]・・・ダビデの甥