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サムエル記第二12章-4

サムエル記第二12章-4(26-31節)
=本章の内容=

❹アンモン人との戦い

=ポイント聖句=

30,彼は、彼らの王の冠をその頭から奪い取った。その重さは金一タラントで、宝石がはめ込まれていた。その冠はダビデの頭に置かれた。彼は、その町から非常に多くの分捕り物を持ち去った。

=注目聖句=

31,彼はその町にいた人々を連れ出して、石のこぎりや、鉄のつるはし、鉄の斧を使う仕事に就かせ、また、連れて行って、れんが作りの仕事をさせた。(新改訳2017版)

31, And he brought forth the people that were therein, and put them under saws, and under harrows of iron, and under axes of iron, and made them pass through the brickkiln(KJV)【直訳】そこで彼はそこにいた民を連れ出し、のこぎりの下、鉄の矢の下、鉄の斧の下に置き、れんがの窯を通らせました

31, He also made slaves of the people of Rabbah and forced them to labor with[fn] saws, iron picks, and iron axes, and to work in the brick kilns(NLT)【直訳】彼はまた、ラバの民を奴隷にし、のこぎり、鉄のつるはし、鉄の斧で彼らを働かせ、レンガの窯で働かせました

31, And he brought out the people that were in it, and put them under the saw, and under harrows of iron, and under axes of iron, and made them pass through the brickkilns.(DBY)【直訳】そこで彼は、その中にいた民を連れ出し、のこぎりの下、鉄の矢の下、鉄の斧の下に置き、れんがの窯を通らせました。

[戦いの経緯] [1]ヨアブがラバを攻め落とす

[2]ダビデ王に陣頭指揮を執るように要請

[3]ダビデ自らがラバに進軍し最後の仕上げをする

[4]アンモン人に苦役を課す

[5]エルサレムに戻る

=黙想の記録=

❹26-31節:アンモン人との戦い・・・10章でヨアブはイスラエル軍の体制を整えるために帰国した後アンモン人の居城であるラバに再攻撃を掛けます。「28,今、兵の残りの者たちを集めて、この町に対して陣を敷き、あなたがこれを攻め取ってください。私がこの町を取り、この町に私の名がつけられるといけませんから。」とあるようにほぼ勝敗が決定した頃を見計らいヨアブはダビデに陣頭指揮を執るように要請し、ダビデは初めてアンモン人との戦いに出陣します。ヨアブは最期の勝利の雄たけびをダビデに譲ります。あくまでも軍人としての大義名分を果たそうとするヨアブの潔さです。しかしこの時点でもまだヨアブはダビデが起こした不祥事とウリヤ殺害の片棒を担がされたことを全く知らないのです。帰国と同時に洪水のように押し寄せる悪い情報にヨアブはダビデに対する希望や期待がなくなって行くのを感じていた筈です。「30,彼は、彼らの王の冠をその頭から奪い取った。その重さは金一タラントで、宝石がはめ込まれていた。その冠はダビデの頭に置かれた。」とありますが、この王冠にはアモン人の偶像が刻まれています。これを頭上にするなどあってはならない事ですがダビデは平気で被ってしまうのです。つまり、この時点ではダビデは悔い改めに至っていないことが分かるのです。「31,彼はその町にいた人々を連れ出して、石のこぎりや、鉄のつるはし、鉄の斧を使う仕事に就かせ、また、連れて行って、れんが作りの仕事をさせた。」の解釈には諸説あります。KJVやDBYではのこぎりの下に置く、つまりの「石のこぎりや、鉄のつるはし、鉄の斧」で処刑した。また「煉瓦窯」に押し込んで火あぶりにして処刑した。つまり無残な方法で処刑したとの解釈です。この時の悔い改めに導かれていないダビデの精神状態を考えると残虐行為を行った可能性も捨てきれません。韓国語聖書でもこの個所は「アンモン人をイスラエルの使役人として重労働に付かせた」とあり多くの日本語訳聖書と同様の翻訳になっています。以前からイスラエル人の各部族が行ってきたようにダビデもまたアンモン人医対して同化政策を行ったと見るのが自然でしょう。