テモテへ手紙第一 6章

テモテへの手紙第一 6章
=本章の内容=
❶奴隷と主人の関係性❷偽教師の真の狙い➌この世の富
=ポイント聖句=この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。また、人の益を計り、良い行ないに富み、惜しまずに施し、喜んで分け与えるように。 (6:17~18)
=黙想の記録=●テモテへの手紙の目的が本章でもう一度示されます。それは、教会の中に潜入した偽教師への警戒です。「5章ではやもめ本章では奴隷」と社会に底辺にいるとされている主にある兄弟姉妹のことを書き連ねているのは何故でしょう。それは根っからこの世の富を愛する偽教師の彼らに対する侮蔑の思いが露骨にあったからです。つまり金銭を搾取できないような立場の人間を教会から締め出そうとの魂胆が見え見えだったからです。搾取できるのはこの世での成功者です。だから効率よく集金するため「この世の富を築けることこそ神の祝福に預かっている証拠」などというまことしやかな教えを言い広めていたのです。「霊知」と呼ばれる教えの風は集金を円滑にするための詭弁で、「聖書の都合のいいとこ取りをして自己流に使いこなすこと」です。
●座右の銘の様に聖句を用いる基督者の陥りやすい過ちはこの部分でもあります。聖書全体から神のご意志を学ぼうとしたがらないのです。上記の偽教師に対し、若い指導者テモテはパウロの様な豪胆さがなかった人物の為、問題の本質をなかなか見抜けず、すぐおろおろする人物であったことがこの章からも伺えます。
●パウロはここで「キリスト・イエス」つまり「救世主イエス」の名を持ち出したのは、私たち基督者の最終着地点はこの世ではないことをテモテに再確認させたかったからなのです。「天の宝」を見た者は未だかつて誰もいません。しかしそれはこの世の富とは比べ物にならない物なのです。この世への執着は本物の信仰を築き上げることはできないのです。この世の富をどれ一つ自分の所有物とはせず、その富を喜んで分配することで、初めて神の御業を成し遂げたと言えるのです