サウルの3つのしるしの謎

2024年7月4日

なるほどTheBible2023/12/01
=雌牛の行く先=
なぜ雌牛なのでしょう?雄牛じゃダメなの?
[参考聖書箇所]サムエル記第一6章12-16節
7,今、一台の新しい車を用意し、くびきを付けたことのない、乳を飲ませている雌牛を二頭取り、雌牛を車につなぎ、その子牛は引き離して小屋に戻しなさい。
【Answer】
本来牛にも帰巣本能があり、ましてや子牛を出産したばかりの雌牛ならなおさら牛舎に戻りたいはずです。「9,・・・もし行かないなら、神の手が私たちを打ったのではなく、私たちに偶然起こったことだと分かります。」とあるように、宗教指導者達(祭司や占い師)はこの雌牛が必ず戻ってくることを前提にして策を練っていたのです。雌牛が戻ることは「イスラエルに神はいない」の立証になるからです。また今回の難を避けるためには疫病の発生源である「ネズミ」を総動員で駆除すれば事態は良くなると踏んでいたのではないでしょうか。ところがここで異常事態が起こるのです。二頭の牛は牛舎に戻らず、「12,雌牛は、ベテ・シェメシュへの道、一本の大路をまっすぐに進んだ。鳴きながら進み続け、右にも左にもそれなかった。」のです。ペリシテ人の領主たちも宗教指導者同様雌牛が必ず戻ってくると踏んでいたのです。それが意に反して雌牛はベテ・シェメシュにまっすぐに進んでいったのです。つまり「この災いを引き起こしたのはイスラエルの神」という答えになってしまったからです。領主たちは答え合わせをしてさっさと戻ればいいところをわざわざベテ・シェメシュまで雌牛のあとをついていくのです。常識が追いついていかなかった彼らは主の箱がベテ・シェメシュに到着した際住人がどんな行動を取るのかを見極めたかったからです。ペリシテ人の地で次々と疫病が起こった情報は恐らく隣接するベテ・シェメシュの住人にも伝わっていたでしょう。しかしここの住人は決してパニックに陥っていません。そればかりか神の箱の帰還を喜んでいるのです。「14-15,・・・人々は、車の木を割り、雌牛を全焼のささげ物として主に献げた。レビ人たちは、主の箱と、そばにあった金の品物の入っている鞍袋を降ろし、その大きな石の上に置いた。その日、ベテ・シェメシュの人たちは全焼のささげ物を献げ、いけにえを主に献げた。」ベテ・シェメシュの住人はユダ族の分割地にあったレビ人の町です。イスラエルの律法によれば神の箱は人が担ぐもので牛車で運ぶものではありません。住人は直ちにその場で雌牛を全焼のいけにえとします。この一連の流れを見て納得した領主は一先ず安堵しそしてエクロンに戻ります。イスラエルに戻ったからには塁が我が身に及ぶことはないと確信したからです。