サムエル記第一31章

サムエル記第一31章
=本章の内容=

❶サウルと3人の子供達の死❷忠義と恩義を大切にする人々

=ポイント聖句=

4,サウルは道具持ちに言った。「おまえの剣を抜いて、私を刺し殺してくれ。さもないと、あの無割礼の者たちがやって来て、私を刺し殺し、私をなぶりものにするだろう。」しかし、道具持ちは非常に恐れて、とうていその気になれなかった。それでサウルは剣を取り、その上に倒れ込んだ。

[サウルの死についての経緯] [1]イズレエル平原でペリシテ連合軍とサウル軍が戦闘状態に入る・・・圧倒的な武力差によりサウル軍が敗退。

[2]サウルの3人の息子が追撃され終に打ち殺される。

[3]射手たちがサウルを狙い撃ちにしたので重傷を負う

[4]道具持ちにサウルを殺害するよう命じたが出来なかった。サウルが自分の剣で自害する

[5]イズレエルの谷の戦場の反対側とはイッサカル・ゼブルン・ナフタリ部族が占領している土地でそこに点在していた村落の住民が一斉に避難する

[6]ペリシテ軍兵士がサウルと3人の息子の遺体を発見。サウルの首を切る。持ち運ぶ。

[7]遺体はベテ・シャンの城壁にさらし武具はアシュタロテの神殿に奉納。

[8]ヤベシュ・ギルアデの住民が遺体を自分たちの領地に運ぶ。火葬した骨を埋葬する

=黙想の記録=

❶1-4節:サウルと3人の子供達の死・・・圧倒的な武力差によりサウル軍は敗退します。その戦闘でサウルは長男・次男・三男を次々に失います。主なる神様に最期まで抗うことが結果的に自分の息子まで非業な最期を迎えさせたのです。こうなる前にサウルは主なる神様に悔い改め立ち返ることができたはずです。そうすれば瞬時に救いの道が開かれたはずなのです。しかしサウルが望んでいた究極的奇跡のシナリオ(つまり霊媒師によって呼び出された[実際は霊媒師の演出]サムエルや主なる神様によって奇跡的な勝利を得たヨナタン)は全く実現しなかったのです。ヨナタンの死はサムエルが預言した「王朝の終焉(15:22-23)」が実行されたということになり、サウルは主なる神様の冷酷な刑の執行を恨むばかりとなっていたと想像できるのです。『3-4なお、射手たちはサウルをねらい打ちにし、ついに致命傷を負わせました。王は苦しい息の下から、よろい持ちの護衛兵に言いました。「あの、神を知らぬペリシテ人に捕らえられて恥辱を受けるより、いっそ、おまえの剣で殺してくれ。」しかし、よろい持ちが恐れてためらっていると、王は自分の剣を取り、その切っ先の上にうつ伏せに倒れ、壮烈な最期を遂げました。(リビングバイブル)』の行動をつき起こしたのはペリシテ人の無慈悲にして残酷な取り扱いにより惨めな死に様となるのを自分の目で見たくなかったからです。「無割礼の者たち」とペリシテ人を揶揄した言葉ですが、テラフィムを所有し霊媒師に頼る様であればその行いは何ら異教徒と変わらないのです。サウルは最期まで自分の霊性を正確に判断できなかったのです。主なる神様に不忠実であった自分を少しも悔いていないのです。最期の最期まで主なる神様にサウルは心の目が向いていなかったのです。

❷5-13節:忠義と恩義を大切にする人々・・・サウルの死を見届けた道具持ちがサウルの傍で自害します。「4,・・・道具持ちは非常に恐れて、とうていその気になれなかった」あとあるように、道具持ちはサウルの命を絶つことを躊躇しました。国王からの懇願であってもです。それは油注がれた国王の命を絶つことは主なる神様への反逆行為であるとの思いがあったからです。しかし国王の命に従えなかったことも大罪に当たるのです。それ故に彼は自らの手で大罪を犯した自分に死刑をくだすのです。その場から逃げ出すことも可能でしたし、サウルの首を取り上げて敵軍に寝返ることもできたはずです。しかし彼は忠義の道を選びました。イズレエルの谷の戦場の反対側とはイッサカル・ゼブルン・ナフタリ部族が占領している土地でそこに点在していた村落の住民が一斉に避難します。その後ペリシテ人はその村落を占領し次々に移住してきます。後のダビデの戦闘の場所となります。ペリシテ軍はサウルとその息子たちの遺骸に何の経緯も払わず、戦勝品として冷酷な取り扱いをします。これは推測ですがサウル王とその息子たちの武具ばかりでなく衣服を取り去り素っ裸のまま遺骸を城壁に吊るして置いたのではないでしょうか。炎天下で遺骸の腐敗は進みまた猛禽類の餌として啄まれてしまうのです。この様子はヤベシュ・ギルアデの住民の耳に届きます。かつて残忍なアンモン人の手からサウル王が救い出した住民のことです。彼らはその恩義に報いようと勇敢にもベテ・シャンの城壁に向かいます。これも推測ですが、遺体を取り下ろしヤベシュに持ち帰る前に彼らはこの城壁を守る兵達と一戦を構えているはずなのです。命の危険を顧みずこの勇敢な行為をとったのです。忠義や恩義という言葉は現代では死語になっています。忠義恩義に基づく美談などほぼ聞くこともありません。しかしこれは基督者が持つべき御霊の賜物「誠実」でもあるのです。あまりにも遺骸が腐敗し傷つけられていたので住民は町に戻り火葬し、遺骨を埋葬します。埋葬した場所はギョリュウという柳の木の下です。通常遺骨を仮埋葬してほとぼりが冷めたら親戚縁者が埋葬されている正式な墓地に移動されるのですが、サウルの遺骨の埋葬場所は今でも特定されていません。

=注目語句=

語句①焼いた(12):英語burnt;ヘブル語サラーフ[焼く,焦がす,燃やす]・・・古代イスラエルでは一般的には火葬を避け、横穴式の墓や地面に掘った穴などに遺体を埋葬していた。火葬を禁じてはいなかった。遊牧民族の習慣で人が亡くなると現場の洞穴などに遺体を安置し骨だけになるを待ち、その骨を骨箱に入れ直して再度同一場所または一族の墓所に再埋葬する方法が取られていたとの説もある。埋葬は死後24時間以内に行わなければならい親族の務めであった。

②タマリスク(13):柳の木(リビングバイブル)・・・別名「ギョリュウ」。葉は小さい鱗片状で針葉樹のように見える。春と秋に枝先に桃色の1mmほどの小さい花をたくさん咲かせる。果実は長さ数mmの蒴果で、種子は細かく房状の毛が生え風で飛ぶ。乾燥と塩分に強く、砂漠など乾燥地でも根を長く伸ばして水分を強く吸収する。目印にもならない灌木なので以降サウルの墓の所在は不明。

=注目地名=

地名①ギルボア山(1):英語Gilboa;ヘブル語ギルボア[膨らんで(積み重なって)]・・・イズレエル平原の南東端の山稜

地名②ベテ・シャン(10):英語Bethshan;ヘブル語ベイシアン[安楽の家]

地名②ヤベシュ(12):英語Jabeshgilead;ヘブル語ヤベイシュ [乾いた]・・・ギルアデの分割地内にあった町