列王記第一4章-3
列王記第一4章-3(4:20-34)
=本章の内容=
➌ソロモンの治世の特徴
=ポイント聖句=20,ユダとイスラエルの人々は海辺の砂のように多くなり、食べたり飲んだりして、楽しんでいた。
29,神は、ソロモンに非常に豊かな知恵と英知と、海辺の砂浜のように広い心を与えられた。
=聖句の比較=20,ユダとイスラエルの人々は海辺の砂のように多くなり、食べたり飲んだりして、楽しんでいた。
20,Judah and Israel were many, as the sand which is by the sea in multitude, eating and drinking, and making merry.(KJV)【直訳】ユダとイスラエルの人々は、海辺の砂のように多く、食べたり飲んだりして、楽しんだりしていました
※金の子牛の前で戯れるイスラエル人(出エジプト32:6)やツィクラグから略奪したアマレク人が祭り騒ぎをしていた(Ⅰサムエル30:16)の表現に酷似している。
=黙想の記録=➌20-34:節ソロモンの治世の特徴・・・ソロモンによる治世の比類ない繁栄は軍事力の強化と独創的な政治改革と革新によってもたらされました。「26,ソロモンは、戦車用の馬のために馬屋四万、騎兵一万二千を持っていた。」の軍事力は当時の大国に匹敵し、朝貢国全ての軍事力を凌駕しています。さらに後の章に記されていますが軍馬を育成し諸外国に輸出しているほどです。また同化政策によって取り組んでいた異国人とイスラエル人の労働徴兵で陸軍・海軍を組織化し、朝貢国ににらみを利かせていました。またこの強力な軍隊は資産と交易路の保護に効果絶大だったので交易の拡大に大きな影響を及ぼしていました。ソロモン王は、エジプト、モアブ、ツロ、アラビアなどの近隣の強国と次々に同盟を結びそれらの国との安定に努めました。その為さらに交易が盛んになり国がいよいよ反映していくのでした。これらの諸外国とパートナーシップを締結するにあたり、ソロモン自身と諸外国の王室との結婚を積極的に利用していきました。最終的にソロモンは700人の妻と300人の妾をえることになります。「32,ソロモンは三千の箴言を語り、彼の歌は千五首もあった。」とあるように、ソロモン王はまた文学的素養があり「箴言、雅歌、伝道の書」などヘブライ語によるユダヤ教の経典に数多くの著作物を寄稿しています。さらに音楽、詩、歴史、植物学や動物学の科学的著作など聖書以外の著作物を書いたことでも知られています。ただし、聖書以外に現存する書物は発見されていません。しかし、ソロモン王は、イスラエル人全体の教育に関しては全く関心がなかったようで、サムエルが開始した預言者学校は独自で維持されていたようですが、その他の教育機関は一切見当たりません。日本の平安貴族の様にソロモンの文学を堪能できるのは都エルサレムにいた限られた人々だけで、恐らく各地の教育は各部族の族長の考え次第であったと思われます。12の地区に派遣された守護はまず教育に関心がなかったと思われるのです。仮にイエス様に時代の様に全国に会堂を設け子弟教育に力を注ぐことでもあるなら、イスラエルは分割することもなかったでしょう。さらに主なる神様を伝える多くの宣教者が世界に向けて派遣されていたことでしょう。ソロモンが信仰に関心がなかったことはイスラエルの大きな損失につながっていくのです。これらすべての偉大な業績にもかかわらず聖書はイスラエルの栄耀栄華はソロモン一代で終わることを記録しています。ソロモンは多くの外国人の妻を日々宥(なだ)める為、また治世の繁栄と己の長寿を守る為だけに奔走し人生を費やします。しかしそれと反比例して主なる神様との関係や果たさなければならなかった義務の優先順位を徐々に下げていくのです。ソロモンの主なる神様への不誠実な行動と態度は、地上で最も賢く主なる神様から最も祝福された人物であったにもかかわらず主なる神様の怒りと裁きをイスラエルに引き起こしてしまうのです。
=注目語句=語句①コル(22):ヘブル語コウル・・・220リットル
語句②エズラフ人(31):英語Ezrahite;ヘブル語エズラヒ[現地人] =注目人名=
人名①エタン(31):英語Ethan;ヘブル語エイサン[永続的]
人名②マホル(31):英語Mahol;ヘブル語マホール[踊る]
人名③ヘマン(31):英語Heman,;ヘブル語ヘイマーン[信仰的]
人名④カルコル(31):英語Chalcol,;ヘブル語キャラコール[持続している]
人名⑤ダルダ(31):英語Darda,;ヘブル語ダェールダ[知識の真珠] ※エタン・ヘマン・カルコル・ダルダについては情報が少ない為どんな人物であったかは不明な点が多い。同時代人物であった。